【3/3】日本の弁護士をやめてアメリカのソーシャルワーカーとして働いてみた|弁護士 谷口太規先生の講演レポート
弁護士に数多く寄せられる債務整理や離婚といった相談。これらは福祉の専門家であるソーシャルワーカーと連携すると、より良い支援ができます。しかし現状、弁護士とソーシャルワーカーが連携できているのは、ある特定の地域や領域だけ…。
この現状を改善し、困っている人たちへの支援の輪を広げたい。そんな思いから「弁護士とソーシャルワーカーの協働を考える会」という勉強会を主催している先生たちがいます。
Legal laboratory(法ラボ)は、この取り組みに賛同し、5月24日(木)に新宿・CROSSCOOPセミナーで開催された「日本の弁護士をやめてアメリカのソーシャルワーカーとして働いてみた(弁護士 谷口太規先生 講演)」を取材させていただきました。今回が最後(全3回)のレポートです。
■INDEX【3/3】
- 私が抜けたら、支援活動も終了する…!?
- 出所者が本当にうれしかったことは?
- ソーシャルワークにおける日本の問題点について
- 弁護士とソーシャルワーカーが互いを尊重するために必要なのは
- そして、いま私がたどり着いたソーシャルワーカーへの思い
私が抜けたら、支援活動も終了する…!?
谷口 太規先生(以下、谷口):ただ、そんな支援活動には何の予算もついてなかったので、夏が終わって私が大学に戻ったら潰れてしまうことに気がつきました。そこでミシガン大学と交渉して、パブリックディフェンダーオフィス(公設弁護人事務所)におけるソーシャルワーカーとしての活動を、正式に単位がとれる制度にしてもらったのです。
PROFILE
弁護士 谷口太規 先生
東京パブリック法律事務所、法テラスさいたま法律事務所(スタッフ弁護士)などを経て、2015年からミシガン大学ソーシャルワーク大学院に留学。2016年5月からミシガン州公設弁護人事務所にて、長期受刑者の社会復帰を支援するプロジェクトをソーシャルワーカーとして立ち上げ、大学院卒業後は、フルタイムスタッフとして勤務されたご経験を持ちます。2018年2月から再び池袋で弁護士として活動されています。
谷口:だから今では、パブリックディフェンダーオフィス(公設弁護人事務所)で、ミシガン大学の学生が8人くらいインターンとなって活動しています。
もっとも、パブリックディフェンダーオフィス(公設弁護人事務所)は、刑事弁護を目的とした公的な弁護人事務所です。リ・エントリーしてきた人たちの支援活動だけを目的にすると活動予算はでません。
そこでリ・エントリーの支援活動がどれだけ弁護活動に有効なのかを、数字によるエビデンスを含めて報告し、予算を勝ち取らなければならない状況になりました。私は、数字的なとりまとめは得意ではないので、リサーチャーの協力者を募ってこの計画を進めました。
それから、リ・エントリーしてきた人たちの話がとにかく面白い。『刑務所に入獄して人生終わった』と思っていたら、そんなことばかりではなくて、制約はあるけど勉強できる機会を得られたとか、信仰を見つめ直した。なんてエピソードを沢山教えてくれるのです。
こういった話は私が聞くだけではもったいないので、取材できる研究者にお願いして、インタビュー内容をまとめて貰っています。『中断された思春期』というタイトルで、もうすぐ論文が発表される予定です。
出所者が本当にうれしかったことは?
出所者のなかで特に印象に残っているのは、やはりジョン・ホールさんです。彼にはリ・エントリーにおける支援の中で何が一番良かったか、彼の生活が安定した後に感想を聞きました。私は寄付を募ることをはじめ、住む家を探すなど実務的な支援を色々したので、そこかなと思っていたのですが、違いました。
「アホみたいな質問を沢山したけど、あなたは私を馬鹿にしなかった。親愛なる回答があった。それが何よりも嬉しかった。それで自分は次の質問をすることができた。ありがとう」と答えてくれたのです。
私は拙い英語しか喋れないため真面目に答えるしかなかった。という事情もあったのですが(笑)、支援に必要なのは何よりも相手への尊厳だなと改めて思いました。そこに込み上げてくるものもあったんですよね。
しかし、そのあたりでビザの延長ができず、私は日本に帰ってくることになります。みなさん非常に惜しんでくれました。
ソーシャルワークにおける日本の問題点について
さて、ただの経験談で終わると勿体無いと思うので、ソーシャルワークにおけるアメリカと比較した日本の問題点について、私の意見をお伝えします。
アメリカのソーシャルワーク大学院が、日本の大学の社会福祉科と全然違うことに、まず考えさせられました。アメリカの大学院では前期の必修で受講しないといけないのが『ダイバシティ』と『ソーシャルジャスティス』の講義です。
日本の大学のように、医療福祉や高齢者福祉の現状がどうなっているか、という講義をするわけではありません。まず生徒一人ひとりがマイノリティーであり、多様な人間であることを前提に話がはじまります。
そのうえで何かトピックが与えられて、みんなで延々とディスカッションを行うのです。こういう講義は、日本の大学ではやらないなと思いました。
それと『ソーシャルチェンジ』についての講義がありました。これまでどのように社会変革活動が行われてきて、成功や失敗があったのかを学ぶ内容です。それらが分かる文献を読んで活発にディスカッションします。
アメリカ国内の小さな運動だけでなく、メキシコのサパティスタ運動とか、フィリピンのごみ処理問題などの事例が挙げられていました。
また面白いのは、アメリカではソーシャルワークにもビジネス的な観点を持とうという意識があること。『ソーシャルアントレプレナー』という講義があって、例えばリ・エントリーのような施策を例題にして、どうやって企業のスポンサーを獲得するか、寄付を募るか、協力者を雇うかなどの勉強をします。また広告やマーケティングを活かす考え方についても学びます。
実は、ビジネススクールでも『ソーシャルアントレプレナー』についての講義が行われています。ビジネススクールの場合、特にマーケティングを活かす考え方を教えてくれます。例えば、大手企業のHPに記載がある 頻出単語を検索し、その大手企業が大切にしている価値観を割り出します。
そしてマーケティングコンサルタントのような立場で「貴社の価値観を広げるためにこういったチャリティーをするべきです」という提案をしましょう。なんていうのが授業のイメージです。
このようにロジカルなデータ集計やアセスメントをアメリカ人は大切にしています。なぜならアメリカ人は、効果が出ないことをとにかくやりたがらないからです。日本人のように「まずは根性でやりましょう」という発想はありません。
なおソーシャルワークにおいては、支援の事後評価であるエバリュエーション(evaluation)が大事だとアメリカでは言われます。今私は、法務省の更生保護の見直し委員会にも参加しているのですが、日本はとにかくエビデンスが無いことが問題になっています。だから主観的な判断で決まった施策が進められていってしまう現状があります。
もっとも、何に対しても評価を求めるのは新自由主義的な発想であり、数字化した経済効果ばかりを追い求めるから「ソーシャルワークが死ぬ」と言われている部分はあります。
これに対しては同意できる部分がある一方で、支援を受けた人に対して、この支援で何が一番変わったかを聞いてそこをきっかけに支援のあり方を見直すような、新しい評価方法も生まれつつあります。この方法は、支援する人たちのエンパワーメントとしての意味もあるのです。
弁護士とソーシャルワーカーが互いを尊重するために必要なのは
ソーシャルワーカーが僕化するという問題があります。私もアメリカではソーシャルワーカーの立場で活動していたので、弁護士よりも弱い立場になるものかと憤ったことがあります。
そこで、ホリスティックディフェンス(Holistic definition)という概念を提唱したブロンクス・ディフェンダーズ(ブロンクス公選弁護人事務所)では、この問題をどうしているのか、その事務所に所属していたことのある大橋君平弁護士に質問したことがあります。
その答えとして3つの工夫を教えてくれました。1つめは最初の研修で、弁護士とソーシャルワーカーが、一週間ずつお互いの立場で仕事をする。これによってアイデンティティの固定化を避けます。2つめは空間の作り方への工夫。対等な立場になるように机を配置して、ヒエラルキーが生まれづらくしていると教えてくれました。そして3つめは1対1にならないようにする。複数人が協力しあわないと、仕事が進まない状態をつくるわけです。
こういう取り組みは日本では、あまり見かけませんよね。対してアメリカは個々人の努力というより、アーキテクチャで問題を解決しようとするのだと感じました。この部分は非常にソーシャルワーク的な考えだなとも思いました。ぜひ見習うべきではないでしょうか。
そして、アメリカ人はとにかくディスカッションをします。お国柄ですよね。現地で私も教会をはじめとしたコミュニティを回るようになって、無駄なお喋りを含めてみんながよく喋っていることに驚きました。これがコミュニティを作りあげているのでしょう。
そして、いま私がたどり着いたソーシャルワーカーへの思い
ソーシャルワーカーは、支援を行う上で必要な社会に点在しているリソース(例えば、研究機関に眠っているデータ、教会のコミュニティ支援活動、学生といった無料の労働力…etc)をつなぎ合わせて、コーディネートする存在ではないかと思っています。そして弁護士は、社会に点在しているリソースのひとつなのだと考えるようになりました。
この思いにたどり着いたのは、実際にアメリカでソーシャルワーカーとして活動できたからでしょう。今回、お話した内容が、少しでも何かの参考になれば本当にうれしいです。私からは以上です。ありがとうございました。
■APPENDIX
写真は、「弁護士とソーシャルワーカーの協働を考える会」を主催されている先生たち(左から遠藤直也先生・平林剛先生・浦﨑寛泰先生・安井飛鳥先生・笠原千穂先生・坪内清久先生)です。
現在、勉強会はひと月に一回のペースで開催されています。次回開催の詳細は、ぜひフェイスブックの専用ページでご確認ください。
▼【2/3】と【1/3】はこちら
legallabjournal.hatenablog.com
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