中小企業のための、大企業に負けない採用力と人材育成力のつけ方|ブレークスルーパートナーズ 赤羽雄二氏のセミナーレポート
「人材採用・育成はすべての企業の成功の鍵です」そう語るのは、ベストセラー『ゼロ秒思考』の著者である赤羽 雄二氏。
現在、テクノロジーの進化に伴う市況の変化や、人材獲得競争の激化などにより中小企業を取り巻く環境は、大きな変化を迎えています。そこで、これまで大小さまざまな企業の成長支援をしてきた赤羽雄二氏が、中小企業がいかにして採用力や育成力を身につけるかというテーマでお話をされました。
今回Legal laboratory(法ラボ)は、エン・ジャパン株式会社と共同で、このセミナーを企画。赤羽雄二氏が紹介したメソッドの一部を、読者の皆様にご紹介します。
PROFILE
赤羽雄二 氏
東京大学工学部を1978年に卒業後、小松製作所で建設現場用ダンプトラックの設計開発に携わる。1983年からスタンフォード大学大学院に留学。機械工学修士を修了。1986年にコンサルタントファームのマッキンゼーに入社し、1990年から同社ソウルオフィスにて、韓国大手企業の経営改革コンサルティングに携わる。2002年からは、ブレークスルーパートナーズ株式会社を設立。「日本発の世界的ベンチャー」を1社でも多く生み出すことを使命に活躍している。近著『変化できる人』(ぴあ)をはじめ、『セロ秒思考』『速さは全てを解決する』(ダイヤモンド社)など著書多数。
今後10年で、日本企業や仕事はどうなるのか
赤羽雄二氏(以下、赤羽):昨今、AI、ロボット、IoT、ブロックチェーンといった話題を耳にしない日はありません。テクノロジーの発達により、日本や日本企業と仕事を取り巻く環境は劇的に変わります。
残念ながら日本はITの活用に弱く、ベンチャーによるイノベーションや新産業創出力も貧弱といった課題を抱えています。日本企業は世界の時価総額ランキング(※2018年3月4日現在)の中で、20位内に入ることもできていません。
※トップ4はアメリカが席巻。中国や韓国が台頭している。
1980年代後半までは日本の製造業が世界を駆逐すると言われていたのも今は昔。日本および日本企業の競争力は危機的な状況です。
そのうえ日本は、少子化で人が減るうえにAIやロボットが仕事を奪います。仕事を職種ごとに細かくグループ分けしたとすると、それぞれのグループのトップ1/3の人たちは多分、安泰です。しかしボトム1/3の人たちは、上のグループやトップ層から脱落してきた人たちに追い出されて仕事を失うリスクが非常に高いと思います。ミドル1/3は努力次第ですね。
仕事量だけではなく、求められている仕事と個々人がやりたい仕事、実際に提供できる仕事のミスマッチも極めて大きくなるでしょう。
こういった時代に備えて自らが生き残るには、これからの10年間で劇的に進化していくことが予測されているテクノロジー(※下記の図を参照)について学び、その活用方法を考えることが必要です。
加えて国際情勢にも目を光らせて、自分が他国の代表なら日本をどのように利用するか、日本にはどういった態度を取るかを考えてみる必要もあります。
中国、インドが地域のスーパーパワーになることや、アジア、アフリカが大きく発展することにも注目すべきでしょう。
これらを考えると現代は、過去数百年を振り返っても類を見ない激動の時代だと思います。個人としては問題把握・解決力を強化し、スピードと生産性を大幅に上げて、自分の身を守るしかないと思います。
優秀な人材を惹きつけるために必要な経営者の姿勢とは
こういった状況を踏まえると、日本の企業は根本的な経営改革に取り組みつつ、同時に、優秀な人材を採用し、活かし、新事業を成功させていかなければなりません。
とはいえ「人材を採用できない」「なかなか良い人材が入社してくれない…」という悩みが多いのではないでしょうか。
私はマッキンゼーで14年間、日本の大企業や韓国のLGグループなどの経営コンサルティングをしていました。その後、数十社のベンチャー企業の共同創業や経営支援、また大手アパレル企業や3本の指に入るコンビニの経営支援、大手家電メーカー、中小企業などの経営支援に多数取り組んできました。インド3位のバイクメーカーや、ベトナムの200名強のブロックチェーンベンチャーの支援もしています。
そういった経験から私が導き出した『優秀な人材を惹きつけない要素』は下記のとおりです。
- 経営者のビジョンがよくわからない、目線が低い
- 会社の体質が古そう。活気がない
- 仕事が面白そうでない、成長できそうにない
- 上司がはつらつとしていない、上司が尊敬できない
- IT・インターネットなど、今時なら当然のツール導入に消極的
これらが該当するなら、改善が必要です。
まず1. 経営者のビジョンがよくわからない、目線が低いといった問題の解決には、ビジョンを明文化し、常日頃から社員たちにビジョンを発信する必要があります。経営者の言行不一致が一番ネガティブなので注意して行動し、社員のやる気を削がないようにします。
また5. IT・インターネットなど、今どきなら当然のツール導入に消極的といった部分も非常にまずいです。Eメールを自分で出さない、出せない経営者がまだまだいます。さらには、IT・インターネットの活用を強力に推進している経営者は日本では決して多くありません。
では、優秀な人材を惹きつけるためにはどうすべきなのでしょうか。
これらはできて当たり前だと思う人がいるかもしれません。しかし、現実ははるかに厳しいです。経営者が号令をかけるだけでは全く不足で、腕まくりして推進して初めて動きます。「当たり前」だと思う人は、かなり理想主義か、少なくとも現実がわかっていないと思います。これらの大半ができれば、エクセレントカンパニーになれるといって過言ではありません。
中小企業が少しでも優秀な人材を採用するには
中小企業が少しでも優秀な人材を採用するには、下記の5項目が鍵になります。
- ビジョン実現のために必要な戦略・組織を明らかにし、実行する
- 採用すべき人材の役割、必要スキル、採用条件などを明確にする
- 自社ウェブサイトにビジョン、組織、人材活用・育成方針を明示する
- 他社よりも確実に成長できる、やりがいがあることを納得できるように伝える
- パワハラ、モラハラをゼロにする
まず1. ビジョン実現のために必要な戦略・組織を明らかにし、実行する、については、数ページ書いて明文化し、実行するという基本が欠かせません。明文化していない企業も多いですが、書いてあっても古くなっていたり、書いてあることと別の行動をしたりなど、これほど基本的なことでも守られていないことが多いと思います。
次に2. 採用すべき人材の役割、必要スキル、採用条件などを明確にする、については、採用すべき職種や必要な経験・スキルを紙に書き出します。そしてまとめた内容を、自社サイトに記載し発信します。加えて、同業他社をリサーチし、その他社よりも確実に成長できることや、やりがいがあることも納得できるように伝えられることが望ましいです。
最後に5.パワハラ、モラハラをゼロにする、ですが、言うまでもなくパワハラ、モラハラは言語道断です。パワハラで成果は上がらないし、社員が定着しません。お客さんに対しても失礼です。良いことは何もないのです。パワハラ気味でないと部下が言うことを聞かないという誤解が蔓延しているようですが、今ではとうてい通用しない、古い考え方だと思います。もう部下もついてきませんし、人事部も黙って見過ごしてはくれません。
中小企業が本気で人材を育成するには
優秀な人材に何とか入社してもらったら、本気で育成する必要があります。もちろん既存の社員に対しても同じです。研修制度を充実させれば良いと考えている会社が多いかもしれませんが、次にあげる5つの取り組みができていないと育成は上手くいきません。
- 全社員の役割、責任、権限、報償を明確にする
- 全社員の業務の必達目標、実施方法、日程、投入資源を明確にする
- 上司は部下をきめ細かくコーチングし、結果を出すよう支援する。パワハラ厳禁
- 昇進・昇格条件を明確にし、公正な 人事制度を導入し、社長がリードする
- 一人ひとり、長所、成長課題、成長目標、 本人・上司の取り組みを整理し、合意する
これらを明確にするには、下の図のようなタスクシートを用意し、各項目をできるだけ具体的に記入して、上司と部下で合意します。ほとんどの上司は、口頭で部下に指示をしたり、ひどい上司になると指示すらせず、あうんの呼吸で部下が仕事をちゃんとしてくれると期待したりしていますが、そのようなことで満足のいく成果は出せません。結果としてパワハラ的発言をさらにしてしまうことにもなります。
次に、5. 一人ひとり、長所、成長課題、成長目標、 本人・上司の取り組みを整理し、合意する、ですが、長所を7~8項目、惜しいと思われる成長課題を4~5項目書き、成長課題をどこまで改善すべきかという成長目標を明示して、それに対して本人はどういう努力をすべきか、上司はどう支援すべきかを具体的に書きます。
簡単なようでいて、このように体系的に一人の人の成長を加速するアプローチは他にはほとんどなく、実際やっていただくとその効果に驚かれると思います。
なお、こういったアプローチは、『世界基準の上司』(KADOKAWA刊)、『マンガでわかる! マッキンゼー式リーダー論』(宝島社刊)で詳しく解説しています。ぜひ、ご確認ください。
―――この後、セミナーでは『ゼロ秒思考』を実践するための「A4メモ、アイデアメモ」を書くためのワークショップが開催され、大反響のもとで幕を閉じました。ここで紹介した内容は、一部分のみを要約したものです。
さらに詳しい内容や、『ゼロ秒思考』を学べるワークショップについては、ぜひ赤羽氏が開催しているセミナーに足を運んでみてください。直近のスケジュールはブレークスルーパートナーズのWebサイトでご確認いただけます。
■APPENDIX(質疑応答)
当日は、セミナーに参加いただいた経営者や経営幹部の方々から、講師の赤羽氏へ活発な質疑がありました。その一部をご紹介します。
Q1.経営者が社員に、ビジョンを伝える手段は何が有効ですか?
赤羽:ビジョンは口頭で伝えるだけでなく、パワーポイントで4~5枚程度にまとめて社員に配るほうがブレがなくなります。経営者がビジョンについて話す頻度は月1回程度。事業進捗会議などの場で繰り返し経営幹部、社員にすり込んでいきます。なお朝礼などで繰り返し話すのは、あまり効果的ではないと考えています。朝礼は多くの社員が「早く終われ」と思っていて、マンネリ化しがちだからです。
Q2.当社にはマネジメント力を持った人材が少ないです。マネジメント力は、先天的な能力だという印象があります。既存メンバーを鍛えてもマネジメント力を身に着けてもらうのは、難しいでしょうか?
赤羽:マネジメント力が生まれつき高い人はいます。しかし誰でもコツコツ鍛えていけば、必ず強化できます。腕立て伏せだって、続けているうちに回数を増やせますよね。マネジメント力も同じです。適切なトレーニングをすれば、確実に強くできます。基本は『世界基準の上司』『マンガでわかる! マッキンゼー式リーダー論』などに詳しく述べました。
Q3.組織力強化を目的とした人材育成ノウハウで、有効な手段はありますか?
赤羽:社員全員が3~5年で部署を異動する状態をつくることです。「経理だけを10年やっています」とか、「営業で20年選手です」という社員は多いと思います。しかし、それだと社員の能力が固定化するし、仕事の進め方も属人化しやすいため生産性が上がりづらいのです。
中小企業の経営者からは、「当社は組織の規模が小さいから、全社員を部署異動させるのは難しい」といった声が聞こえてきそうですが、それを可能にするには前任者が後任者にしっかり仕事を教える仕組みづくりをするのに加えて、経営者が覚悟を決めることが大切です。
社員を部署異動させられるのは大企業だけの専売特許ではありません。Googleですら人手不足で困っているくらいですから、いかに社員たちの成長につながる施策を実行できるかを考えていく必要があります。
【3/3】日本の弁護士をやめてアメリカのソーシャルワーカーとして働いてみた|弁護士 谷口太規先生の講演レポート
弁護士に数多く寄せられる債務整理や離婚といった相談。これらは福祉の専門家であるソーシャルワーカーと連携すると、より良い支援ができます。しかし現状、弁護士とソーシャルワーカーが連携できているのは、ある特定の地域や領域だけ…。
この現状を改善し、困っている人たちへの支援の輪を広げたい。そんな思いから「弁護士とソーシャルワーカーの協働を考える会」という勉強会を主催している先生たちがいます。
Legal laboratory(法ラボ)は、この取り組みに賛同し、5月24日(木)に新宿・CROSSCOOPセミナーで開催された「日本の弁護士をやめてアメリカのソーシャルワーカーとして働いてみた(弁護士 谷口太規先生 講演)」を取材させていただきました。今回が最後(全3回)のレポートです。
■INDEX【3/3】
- 私が抜けたら、支援活動も終了する…!?
- 出所者が本当にうれしかったことは?
- ソーシャルワークにおける日本の問題点について
- 弁護士とソーシャルワーカーが互いを尊重するために必要なのは
- そして、いま私がたどり着いたソーシャルワーカーへの思い
私が抜けたら、支援活動も終了する…!?
谷口 太規先生(以下、谷口):ただ、そんな支援活動には何の予算もついてなかったので、夏が終わって私が大学に戻ったら潰れてしまうことに気がつきました。そこでミシガン大学と交渉して、パブリックディフェンダーオフィス(公設弁護人事務所)におけるソーシャルワーカーとしての活動を、正式に単位がとれる制度にしてもらったのです。
PROFILE
弁護士 谷口太規 先生
東京パブリック法律事務所、法テラスさいたま法律事務所(スタッフ弁護士)などを経て、2015年からミシガン大学ソーシャルワーク大学院に留学。2016年5月からミシガン州公設弁護人事務所にて、長期受刑者の社会復帰を支援するプロジェクトをソーシャルワーカーとして立ち上げ、大学院卒業後は、フルタイムスタッフとして勤務されたご経験を持ちます。2018年2月から再び池袋で弁護士として活動されています。
谷口:だから今では、パブリックディフェンダーオフィス(公設弁護人事務所)で、ミシガン大学の学生が8人くらいインターンとなって活動しています。
もっとも、パブリックディフェンダーオフィス(公設弁護人事務所)は、刑事弁護を目的とした公的な弁護人事務所です。リ・エントリーしてきた人たちの支援活動だけを目的にすると活動予算はでません。
そこでリ・エントリーの支援活動がどれだけ弁護活動に有効なのかを、数字によるエビデンスを含めて報告し、予算を勝ち取らなければならない状況になりました。私は、数字的なとりまとめは得意ではないので、リサーチャーの協力者を募ってこの計画を進めました。
それから、リ・エントリーしてきた人たちの話がとにかく面白い。『刑務所に入獄して人生終わった』と思っていたら、そんなことばかりではなくて、制約はあるけど勉強できる機会を得られたとか、信仰を見つめ直した。なんてエピソードを沢山教えてくれるのです。
こういった話は私が聞くだけではもったいないので、取材できる研究者にお願いして、インタビュー内容をまとめて貰っています。『中断された思春期』というタイトルで、もうすぐ論文が発表される予定です。
出所者が本当にうれしかったことは?
出所者のなかで特に印象に残っているのは、やはりジョン・ホールさんです。彼にはリ・エントリーにおける支援の中で何が一番良かったか、彼の生活が安定した後に感想を聞きました。私は寄付を募ることをはじめ、住む家を探すなど実務的な支援を色々したので、そこかなと思っていたのですが、違いました。
「アホみたいな質問を沢山したけど、あなたは私を馬鹿にしなかった。親愛なる回答があった。それが何よりも嬉しかった。それで自分は次の質問をすることができた。ありがとう」と答えてくれたのです。
私は拙い英語しか喋れないため真面目に答えるしかなかった。という事情もあったのですが(笑)、支援に必要なのは何よりも相手への尊厳だなと改めて思いました。そこに込み上げてくるものもあったんですよね。
しかし、そのあたりでビザの延長ができず、私は日本に帰ってくることになります。みなさん非常に惜しんでくれました。
ソーシャルワークにおける日本の問題点について
さて、ただの経験談で終わると勿体無いと思うので、ソーシャルワークにおけるアメリカと比較した日本の問題点について、私の意見をお伝えします。
アメリカのソーシャルワーク大学院が、日本の大学の社会福祉科と全然違うことに、まず考えさせられました。アメリカの大学院では前期の必修で受講しないといけないのが『ダイバシティ』と『ソーシャルジャスティス』の講義です。
日本の大学のように、医療福祉や高齢者福祉の現状がどうなっているか、という講義をするわけではありません。まず生徒一人ひとりがマイノリティーであり、多様な人間であることを前提に話がはじまります。
そのうえで何かトピックが与えられて、みんなで延々とディスカッションを行うのです。こういう講義は、日本の大学ではやらないなと思いました。
それと『ソーシャルチェンジ』についての講義がありました。これまでどのように社会変革活動が行われてきて、成功や失敗があったのかを学ぶ内容です。それらが分かる文献を読んで活発にディスカッションします。
アメリカ国内の小さな運動だけでなく、メキシコのサパティスタ運動とか、フィリピンのごみ処理問題などの事例が挙げられていました。
また面白いのは、アメリカではソーシャルワークにもビジネス的な観点を持とうという意識があること。『ソーシャルアントレプレナー』という講義があって、例えばリ・エントリーのような施策を例題にして、どうやって企業のスポンサーを獲得するか、寄付を募るか、協力者を雇うかなどの勉強をします。また広告やマーケティングを活かす考え方についても学びます。
実は、ビジネススクールでも『ソーシャルアントレプレナー』についての講義が行われています。ビジネススクールの場合、特にマーケティングを活かす考え方を教えてくれます。例えば、大手企業のHPに記載がある 頻出単語を検索し、その大手企業が大切にしている価値観を割り出します。
そしてマーケティングコンサルタントのような立場で「貴社の価値観を広げるためにこういったチャリティーをするべきです」という提案をしましょう。なんていうのが授業のイメージです。
このようにロジカルなデータ集計やアセスメントをアメリカ人は大切にしています。なぜならアメリカ人は、効果が出ないことをとにかくやりたがらないからです。日本人のように「まずは根性でやりましょう」という発想はありません。
なおソーシャルワークにおいては、支援の事後評価であるエバリュエーション(evaluation)が大事だとアメリカでは言われます。今私は、法務省の更生保護の見直し委員会にも参加しているのですが、日本はとにかくエビデンスが無いことが問題になっています。だから主観的な判断で決まった施策が進められていってしまう現状があります。
もっとも、何に対しても評価を求めるのは新自由主義的な発想であり、数字化した経済効果ばかりを追い求めるから「ソーシャルワークが死ぬ」と言われている部分はあります。
これに対しては同意できる部分がある一方で、支援を受けた人に対して、この支援で何が一番変わったかを聞いてそこをきっかけに支援のあり方を見直すような、新しい評価方法も生まれつつあります。この方法は、支援する人たちのエンパワーメントとしての意味もあるのです。
弁護士とソーシャルワーカーが互いを尊重するために必要なのは
ソーシャルワーカーが僕化するという問題があります。私もアメリカではソーシャルワーカーの立場で活動していたので、弁護士よりも弱い立場になるものかと憤ったことがあります。
そこで、ホリスティックディフェンス(Holistic definition)という概念を提唱したブロンクス・ディフェンダーズ(ブロンクス公選弁護人事務所)では、この問題をどうしているのか、その事務所に所属していたことのある大橋君平弁護士に質問したことがあります。
その答えとして3つの工夫を教えてくれました。1つめは最初の研修で、弁護士とソーシャルワーカーが、一週間ずつお互いの立場で仕事をする。これによってアイデンティティの固定化を避けます。2つめは空間の作り方への工夫。対等な立場になるように机を配置して、ヒエラルキーが生まれづらくしていると教えてくれました。そして3つめは1対1にならないようにする。複数人が協力しあわないと、仕事が進まない状態をつくるわけです。
こういう取り組みは日本では、あまり見かけませんよね。対してアメリカは個々人の努力というより、アーキテクチャで問題を解決しようとするのだと感じました。この部分は非常にソーシャルワーク的な考えだなとも思いました。ぜひ見習うべきではないでしょうか。
そして、アメリカ人はとにかくディスカッションをします。お国柄ですよね。現地で私も教会をはじめとしたコミュニティを回るようになって、無駄なお喋りを含めてみんながよく喋っていることに驚きました。これがコミュニティを作りあげているのでしょう。
そして、いま私がたどり着いたソーシャルワーカーへの思い
ソーシャルワーカーは、支援を行う上で必要な社会に点在しているリソース(例えば、研究機関に眠っているデータ、教会のコミュニティ支援活動、学生といった無料の労働力…etc)をつなぎ合わせて、コーディネートする存在ではないかと思っています。そして弁護士は、社会に点在しているリソースのひとつなのだと考えるようになりました。
この思いにたどり着いたのは、実際にアメリカでソーシャルワーカーとして活動できたからでしょう。今回、お話した内容が、少しでも何かの参考になれば本当にうれしいです。私からは以上です。ありがとうございました。
■APPENDIX
写真は、「弁護士とソーシャルワーカーの協働を考える会」を主催されている先生たち(左から遠藤直也先生・平林剛先生・浦﨑寛泰先生・安井飛鳥先生・笠原千穂先生・坪内清久先生)です。
現在、勉強会はひと月に一回のペースで開催されています。次回開催の詳細は、ぜひフェイスブックの専用ページでご確認ください。
▼【2/3】と【1/3】はこちら
legallabjournal.hatenablog.com
legallabjournal.hatenablog.com
【2/3】日本の弁護士をやめてアメリカのソーシャルワーカーとして働いてみた|弁護士 谷口太規先生の講演レポート
弁護士に数多く寄せられる債務整理や離婚といった相談。これらは福祉の専門家であるソーシャルワーカーと連携すると、より良い支援ができます。しかし現状、弁護士とソーシャルワーカーが連携できているのは、ある特定の地域や領域だけ…。
この現状を改善し、困っている人たちへの支援の輪を広げたい。そんな思いから「弁護士とソーシャルワーカーの協働を考える会」という勉強会を主催している先生たちがいます。
Legal laboratory(法ラボ)は、この取り組みに賛同し、5月24日(木)に新宿・CROSSCOOPセミナーで開催された「日本の弁護士をやめてアメリカのソーシャルワーカーとして働いてみた(弁護士 谷口太規先生 講演)」を取材させていただきました。今回は2回目(全3回)のレポートです。
■INDEX【2/3】
- コミュニティづくりを学ぶため、アメリカに渡ることに
- アメリカには驚くほど刑務所に人がいる
- 出所者たちのリ・エントリーにおける目的
- サマーインターンとして何をしていたのか
- とはいえ、出所した後の支援は大変だった
コミュニティづくりを学ぶため、アメリカに渡ることに
谷口 太規先生(以下、谷口):コミュニティづくりについて学べそうな場所を探してみると、ミシガン大学ソーシャルワーク大学院にコミュニティ・オーガナイジングという専攻がありました。写真の地図を見てください。ミシガン州の周辺には五大湖があって、カナダにも隣接しています。そしてデトロイトという街があります。
PROFILE
弁護士 谷口太規 先生
東京パブリック法律事務所、法テラスさいたま法律事務所(スタッフ弁護士)などを経て、2015年からミシガン大学ソーシャルワーク大学院に留学。2016年5月からミシガン州公設弁護人事務所にて、長期受刑者の社会復帰を支援するプロジェクトをソーシャルワーカーとして立ち上げ、大学院卒業後は、フルタイムスタッフとして勤務されたご経験を持ちます。2018年2月から再び池袋で弁護士として活動されています。
谷口:その昔、デトロイトは全米随一の大都市と言えるほど大きくなった街です。『フォード』『GM』『クライスラー』といった自動車メーカーの本社があり、そのため南部の黒人の人たちが、働き先を求めて大移動してきて栄えることになりました。
その大移動の結果、1950~1960年代における住民の黒人比率は非常に高くなりました。活気もあって、産業だけでなく、音楽などの文化も栄えました。ところが日本の自動車がアメリカに輸入されるようになると、次第に街の製造業は衰退していったという歴史があります。
そして1967年に暴動が起きました。労働環境・条件の悪さに人種差別など、さまざまな問題が噴出したためです。その後、デトロイトの景気は右肩下がりとなっていきます。保険金のために家が燃やされた事件も多発したそうです。
それと製造業で成り立っている街なので、住民はみんな車を買うことが奨励されていました。そのため交通公共機関がほとんど無い。それなのに仕事が減った影響で車を維持できなくなった人たちが、広大な都市圏の中で点在し、取り残されている。今は中心部は再興しつつありますが、郊外は取り残されたままです。
そういった背景から冒頭 【1/3】の写真のような朽ちた家がたくさんあります。当然ながら犯罪率も非常に高い。
アメリカには驚くほど刑務所に人がいる
アメリカは、日本ではありえないくらいの人が刑務所にいます。人口10万人あたりの刑務所人口はアメリカが707人なのに対して、日本だと51人くらい。約14倍も日本より多いのです。実際、最近までアメリカでは200万人くらいの人が刑務所にいる状態でした。
これは世田谷区2つ分の人口です(世田谷区の人口は約90万人)。こんなに沢山の人が刑務所に入っているのです。特に黒人男性の刑務所人口比率はもっと高くて、人口10万人あたりの刑務所人口は4,400人という状況でした。
私は留学した当初、地域で『メンターボランティア』の支援活動をしていました。大人と貧困世帯の子どもを結び付けて、大人に子どものロールモデルになってもらう活動です。しかし黒人男性が全く見つからないのです。なぜなら相当数の黒人男性は刑務所にいるからです。あるいは前科前歴があるため、ボランティアに参加できないという状態でした。
このような刑務所人口の増大は大きな社会問題になっています。1970~1980年代にかけて刑務所人口が凄く増えました。これには色々な分析がされており、例えば刑務所の民営化によってひとつの産業になったことや、ニクソン大統領が犯罪を厳罰化したことなどが挙げられます。
これだけ多くの人(200万人くらい)が刑務所にいるわけですが、この人たちが社会に帰ってくることも考えなければなりません。アメリカでは数日に一回は出所者支援のニュースが新聞に載ります。出所者支援もアメリカにおける大問題なのです。
毎日のように街には出所者たちが、社会への復帰であるリ・エントリーをしてくる状況でした。そして私も、それに関わることになるのです。
出所者たちのリ・エントリーにおける目的
リ・エントリーは、経済効果の側面も強調されています 。出所した人が、再犯をするよりも生産的市民となってもらい社会に貢献してもらう方がはるかに経済的効果が大きい。 そこを強調して進めていた印象です。
私は大学院で学んでいた一方で、『メンターボランティア』だけでなく、もっと地域に出て活動したい欲求が高まっていました。そこでデトロイトの街に出てみると、犯罪歴を持つ人たちの立ち直り支援をしている団体がたくさんあったのです。
そこで弁護士のバックボーンがあった私は、米国のパブリックディフェンダーオフィス(公設弁護人事務所)で、インターンみたいなことはできないだろうかと考えました。門戸を叩いてみると、思ったよりもスムーズにリ・エントリーの支援を手伝えることになります。
私のリ・エントリープロジェクトの対象者は、17歳までの少年犯罪によって終身刑を受けた受刑者たちです。ただし少年犯罪の受刑者といっても、既に25年以上の刑期を勤めた40~67歳までの人たちなのです。
そもそもこの人たちが釈放される可能性を得たのは『ブライアン・スティーブンソン』という弁護士が、当時の少年犯罪による厳罰は違憲であるという申し立てをしたからです。その結果、連邦最高裁でも違憲であるという判決が2016年に下されました。そのためミシガン州では、再審の対象になる365人の受刑者への支援が必要だったのです。
私が、パブリックディフェンダーオフィス(公設弁護人事務所)に参加した頃、ホリスティックディフェンス(Holistic definition)という概念が、少しずつ全米の刑事弁護士たちのなかで話題になっていました。
ホリスティックとは包括的なという意味で、弁護士は法律的解決だけでなく、なぜ犯罪が起きてしまったのか周辺環境の問題も踏まえて、解決策を考えなければいけない。それをやらないと、真に有効な弁護活動にはならないというものです。
この概念を最初に提唱したのが、ブロンクス・ディフェンダーズ(ブニューヨーク・ブロンクス公選弁護人事務所)です。その弁護人事務所では、家族法の弁護士・移民法の弁護士・刑事事件弁護士・ソーシャルワーカーの4人がチームになって1人のクライアントの相談に乗っているそうです。それぞれ専門分野を担当できる人が、クライアントの問題を個別に解決するわけです。
こういった動きは、アメリカ国内のどのような法律事務所も見習うべきだという風潮が広がっており、それなら日本から来た私にもリ・エントリーの何かを手伝えるはずだとパブリックディフェンダーオフィス(公設弁護人事務所)に掛け合った結果、サマーインターンとして働きはじめることに成功したのです。
サマーインターンとして何をしていたのか
パブリックディフェンダーオフィス(公設弁護人事務所)に出入りできるようになったのは良いのですが、基本的にそこに所属しているのは刑事事件の弁護士がほとんどです。彼らの主な興味は再審を勝ち取り、受刑者の刑を軽くすることでした。
そのため私は、裁判所に提出するうえで何か役立つものを作ろうと考えました。まず裁判官たちは、どんな情報が欲しいだろうかと思考を働かせました。事件自体は既に50年近く前のことだから、その内容が全てということにはなりません。この人たちがちゃんと地域に戻ってやれるのか、そこを裁判官は何よりも気にすると考えました。
そこで再審の前に、受刑者に次のようなニーズをアセスメントするアンケートを取りました。
- <質問1>出所後に帰る場所はあるか?
- <質問2>IDは分かるのか?
- <質問3>携帯電話の存在を知っているか?
- <質問4>食料を買い求める方法を知っているか?
- <質問5>就職先のあてはあるか?
などの内容です。加えて、
- <質問6>あなたの強みは?
- <質問7>やってみたいボランティアはあるか?
といったコミュニティへの参加・貢献についての質問なども作りました。このアンケートをもとに、裁判所に提出する社会復帰計画書(リ・エントリープラン)を作成することにしたのです。
とはいえ、ほとんどの受刑者が帰る場所やIDが無い。そこで私は20万円で購入した中古のホンダ・シビックで、受刑者の身元引受人になってくれる親戚のところなどを飛び回りました。芝刈りの仕事ならリ・エントリー後に紹介してもらえる。なんてことを聞きつけて、社会復帰計画書(リ・エントリープラン)に細かく落とし込んでいきました。もちろん出所後、本当に受け入れてくれる体制があることを裏取りすることも目的です。
こうやって調べていくなかで気がついたのが、受刑者の家族から予想以上に支援があること。実は受刑者の多くは、非常に信頼されているのです。その理由は刑務所を出たり入ったりを繰り返しているわけではなく、25年以上刑務所の中にいて安定して、勉強もしている。いわば賢人みたいな存在となっていて、何か問題が起こった時に相談する相手になっていたのです。このあたりは面白い現象だなと思いました。
この家族からの支援を受けやすいという事実を知り、サポーターを増やす活動を開始しました。教会を回ったり、ミシガン州全土で出所者支援をしてくれるネットワークを作るなど、コミュニティ・オーガナイジングをしたのです。
こうした取り組みや活動に対して、裁判官はとても喜んでくれました。実際の釈放後にどのようになるかについてはほとんど資料がなく、私が作ったような社会復帰計画書(リ・エントリープラン)はある意味画期的なものであったようです。
ところで、最高裁の判決で再審の後押しになったのは、脳科学の研究が進み、エビデンスが出たことだと聞きました。この研究内容を簡単に説明すると、15歳の脳は20歳の脳よりも、衝動を抑える力が弱いというものです。誰もが当たり前のように知っていることですが、実際の研究に裏付けられたのはとても大きかったのです。こういった研究を重視するのは、日本との大きな違いであり、見習っていくべきことです。
とはいえ、出所した後の支援は大変だった
リ・エントリーが認められた人たちには、もちろん社会復帰計画書(リ・エントリープラン)に沿って家族のもとに帰ってもらいました。ただ、そのまま私たちが何もしないわけにはいきません。裁判所向けではなく、本当にリ・エントリーした人たち1人ひとりの支援をしていくことになりました。
例えば、ジョン・ホールという人は刑務所に50年いて、ここ数十年家族と連絡をとっていなかったのです。そのため出所のお迎えに行ったのは、私ともう1人のインターンの2人だけという状況でした。
彼は住むところがなかったので、刑務所が用意した更生保護施設に入りました。とはいえ、現代の生活に慣れるまで時間が掛かります。例えば携帯電話なんてスタートレックでしか知らないのです。それに、スーパーで買い物をするのも勝手が分からない。石鹸をひとつ買うだけでも大変なのです。
そうやって支援をしているうちに、リ・エントリーの取り組みに足りない部分が分かってきます。出所者のその後の生活が、彼らのリ・エントリーの準備をしたり、そのための支援をする役割を担う刑務所にフィードバックされていないのです。これが良くない。刑務所施策に関わらないと、リ・エントリーへの本当の支援ができないと思いました。
そこで、刑務所のなかでリ・エントリーを支援する部門にアプローチして、改善を促すような活動もしました。例えば、そこの部門へ話し合いの申し入れをして、〇〇さんの支援した結果、刑務所側の支援についてで「この部分」と「あの部分」が足りなったというのを伝えることや、「そもそも刑務所が発行したIDは、誕生日が違っていた」なんて、初歩的なミスの報告もしました。官と民の支援がこうして結びつくことになりました。
それと就職先が全然無いのも大きな問題だったので、デトロイトの町のさまざまな機関と連携して就職支援セミナーをして貰う活動もしました。
もっとも、出所してきた人たちにとって大切なのは、Manであること。独立した男として認められることなのです。彼らにとって「You are the Man」が最高の誉め言葉です。
だから店で買い物することなどが普通にできないと非常に恥ずかしいと感じてしまう。恥をかきたくないから、次第に外出することを嫌がり、引きこもり状態になってしまうなんて問題も多かったのです。
そこでパブリックディフェンダーオフィス(公設弁護人事務所)内で、リ・エントリーしてきた人たちと茶話会を開けるようにしました。この取り組みは、所属している弁護士たちにも良い影響を与えました。普段は控訴審を中心に担当している弁護士たちなので、クライアントにはほとんど会わないのです。しかしリ・エントリーしてきた人たちと、弁護士たちが接するようになって事務所そのものの空気も変わりました。
それから出所者が書くニュースレターの発行なんて取り組みも支援しました。ただの支援ではなく、彼ら自身に役割を持って貰うことがやりたかったのです。
そのように、リ・エントリーの支援は順調だったのですが…。
▼【3/3】に、続きます
【1/3】日本の弁護士をやめてアメリカのソーシャルワーカーとして働いてみた|弁護士 谷口太規先生の講演レポート
弁護士に数多く寄せられる債務整理や離婚といった相談。これらは福祉の専門家であるソーシャルワーカーと連携すると、より良い支援ができます。しかし現状、弁護士とソーシャルワーカーが連携できているのは、ある特定の地域や領域だけ…。
この現状を改善し、困っている人たちへの支援の輪を広げたい。そんな思いから「弁護士とソーシャルワーカーの協働を考える会」という勉強会を主催している先生たちがいます。
今回Legal laboratory(法ラボ)は、この取り組みに賛同し、5月24日(木)に新宿・CROSSCOOPセミナーで開催された「日本の弁護士をやめてアメリカのソーシャルワーカーとして働いてみた(弁護士 谷口太規先生 講演)」を取材させていただきました。その内容を、この記事を含めて全3回に渡ってレポートします。
■INDEX【1/3】
谷口 太規先生(以下、谷口):みなさん、こんばんは。本日はよろしくお願いします。日本の弁護士だった私が、アメリカでソーシャルワーカーとして働いてきた経験を伝えることで、この経験が何かの参考になればと思っています。
PROFILE
弁護士 谷口太規 先生
東京パブリック法律事務所、法テラスさいたま法律事務所(スタッフ弁護士)などを経て、2015年からミシガン大学ソーシャルワーク大学院に留学。2016年5月からミシガン州公設弁護人事務所にて、長期受刑者の社会復帰を支援するプロジェクトをソーシャルワーカーとして立ち上げ、大学院卒業後は、フルタイムスタッフとして勤務されたご経験を持ちます。2018年2月から再び池袋で弁護士として活動されています。
谷口:まず、上の写真を見てください。ボロボロの家屋が写っています。これはデトロイト市のありふれた光景です。私がアメリカ留学時に住んでいたミシガン州のデトロイトは、この写真のような壊れた家屋が大量に立ち並んでいました。
デトロイト市は2013年に破産をしています。北海道・夕張市の超大規模版といったところでしょうか。そんな場所のそばに3年近く住んでいました。
なぜ私がアメリカに渡ろうと考えたのか。最初は、そこに至ったきっかけからお話したいと思います。
司法(リーガル)アクセスが、困っている人を助けることに繋がる?
日本で弁護士として活動するなかで、必要性を痛感したのが司法(リーガル)アクセスの整備です。法律に関わる問題を抱えているけれど、法律の専門家にたどり着けない人たちがいる問題です。例えば、過疎地であるがゆえに弁護士がいない状況ですね。
弁護士がいないのは、法律が無いことと同じだとも言われます。よくある話の例を挙げると、ある弁護士が、それまで弁護士がいなかった土地に訪れた。そうすると、その弁護士のもとにあり得ない法律を信じている相談者が現れる。
『もし破産しても、お金は返さないといけないのですよね』なんてことを、その土地の人たちが信じている。理由は、お金を貸している金融業者などがそんな話を広め、それを訂正する法律家がいないからです。
こういった事態を避けるために、司法アクセス障害を解消しようというムーブメントが若い弁護士たちを中心に起こりました。しかし、そのムーブメントの当事者たちも、いくら活動を続けても世の中に、自分たちが接することができるのは、せいぜい半径100m範囲の人たちだけだと感じるようになったのです。
アウトリーチ(地域への出張支援)から支援ネットワークの構築へ
弁護士ひとりの力だけでは限界がある。それなら仲間を増やそう。そうしないと多くの人に正しい法律の知識は届かない。関係機関などとも連携して、弁護士側から困っている人のところに行くアウトリーチ(地域への出張支援)という活動の流れが生まれました。
問題を抱えている人が、その辺を歩いていても、困っているかどうかなどわかりません。問題を抱えている人は、警察だったり、市役所だったり、民生委員などのところにたどり着いているはず。だからこそ、そういった機関と連携しないと本当に困っている人たちの支援はできないわけです。
もっともアウトリーチ(地域への出張支援)をしていると、支援者同士のネットワーク構築が必要なことにも気がつきます。関係機関から紹介を受けて弁護士として相談者の支援を開始しても、自分たちだけではサポートしきれない部分があるからです。
法律の専門家である弁護士は、法律についてのサポートは得意だけれど、相談者の精神的な問題の解決には、それを得意としている人たちと一緒に役割分担しながらサポートする必要があります。
この支援ネットワークの構築という考えが定着する前は、アウトリーチ(地域への出張支援)をはじめとした関係機関と連携する取り組みは、弁護士が中心になって行っていました。しかし活動を続ける中で「支援ネットワークの一員に、法律の専門家である弁護士がいるのだ」という発想が徐々に生まれてきたのです。
少年のリンチ事件を担当して芽生えた感情とは
私は刑事事件の弁護もしています。例えば少年のリンチ事件を担当した時、事件に関係している子どもたちが事件を起こす前の段階で「もう少しどうにかならなかったのかだろうか」という感情が芽生えてきました。
子どもによっては面会しても話が噛み合わず、基礎的な読解力自体が無いなんて場合もあります。そういった背景から弁護士の活動以外にも、こうした悲劇が起きてしまう前の予防的な取り組みがしたいと考えるようになったのです。
そこで、地域の公民館で行う子どもの学習支援のボランティア団体(NPO子どもサポーターズとしま)を、2011年頃に立ち上げたのです。いわばコミュニティへの参加ですね。子どもの貧困というテーマが話題になりはじめた時期です。
この取り組みは弁護士の活動と並行して、素朴な感じで進めていました。『子どもについてのシンポジウム』に参加したことがきっかけで、自分にも何かできる身の回りのことはないかと、はじめたことを覚えています。
子どもの学習支援という活動をはじめると賛同者が凄く増えます。例えば、ホームレスの方たちへの支援活動などと比べると、応援してくれる人の数が全然違うんですよね。このこと自体は、ちょっとどうかと思いますが。
共感してくれる人が多くて私もやっていて凄く進めやすかった。それに面白いほど地域を巻き込めました。単に支援した子どもたちが高校受験に受かるようになって、未来が明るくなった。ということだけではないのです。
実際にやってみると、複層的な効果に気がつきます。一緒に学習支援を手伝ってくれたボランティアの学生もいて、そんな学生たちも色々な悩みや問題を抱えているわけです。しかし子どもたちと伴走しながら、学習支援をするなかで彼・彼女らの問題が解決していったり、成長する姿を見られたりするのです。
それから学習支援の場所に法律事務所を開放すると、そこで働く弁護士たちの雰囲気も変わってきます。ボランティアの学生や子どもたちが出入りするようになるので、それが良い影響を与えるのです。そして何より一番良かったのは地域が変わったこと。困っている子どもを中心に地域のいろいろな人が結びついていき、包摂的なコミュニティが生まれていくのです。
そうしたことを目撃して、コミュニティづくりについてもっと学びたいと思いました。リーガルワーク以上に面白そうだなと感じたのです。そして勉強できる場所はどこかを調べてみると…。
▼【2/3】に、続きます